公害裁定を申請した私の思い
渡辺瑞也(2023年7月)

私は、福島第一原発の炉心溶融が始まった2011年3月11日から3日間、原発から北北西18kmの職場に留まって被ばくしました。その後、いわき市を経て南会津に避難し、3月18日から23日まで東京~川崎に避難しました。その後何度か職場建屋に出入りしていましたので一定量の追加被ばくをしました。
事故後、翌2012年頃から順次歯の痛みとグラつきが出て計5本の抜歯を余儀なくされたり、2014年には不整脈が出没、2015年3月には転倒して腰椎圧迫骨折、そして2015年12月にはデノボ型結腸癌が判明して手術+抗がん剤投与による治療を受ける、というように相次ぐ健康異変に襲われました。
また、私の伴侶は2016年から高度不整脈が現れて心臓ペースメーカーを植え込み、以来徐々に心臓病が悪化して現在は心不全状態になってしまいました。
二人とも、3.11以前は著患なく健康な日々を送っていました。
この他、私の職場の同僚やそのご家族の中には肺がん、乳癌、膀胱がん、前立腺がん、甲状腺がん、などを発症した方々がおられます。
原発の近くや高度汚染地域に住んでいた住民には、原発事故放射線が原因としか考えられないような様々な健康異変が徐々に、しかも確実に顕在化・増加してきています。
以上のような現実を身をもって体験してきた原発事故被ばく者である私にとって、INES(国際原子力・放射線事象評価尺度)で最重度のレベル7と判定された福島原発事故で放出されたテルル等の化学物質や多くの放射性物質による内部・外部被ばくによって様々な健康障害が引き起こされたことは疑う余地はなく、これを一切認めない国の姿勢に納得することは到底出来ません。
私は、こうした実態を無視する国の政策を改めさせるべく藤原寿和氏や山田國廣氏らのご支援を頂きながら、原発事故放射線障害を重大な公害と捉え直してその実態と因果関係を明らかにして行く道を切り拓いて行かなければならないという決意を固め、この度、原因裁定申請申立人となりました。
公害等調整委員会におかれては、私の申請に対しまして純粋に科学的な立場に立って真実に基づいた裁定を下して頂けることを期待しております。
そして、同じ苦悩を抱えておられる被害者の方々をはじめ、志を同じくする多くの方々のご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い致します。